取引先から届いた、自然な日本語のメール。いつもの担当者名で「振込先が変わりました」と書かれている。文章の不自然さだけを手がかりに、真偽を判断するのは難しい場面があります。
AIで詐欺を検知する技術も進んでいますが、会社の送金判断をAIの判定だけに預けることはできません。最近の公式発表を入口に、小さな会社でも決めておきたい確認手順を整理します。
Google DeepMindが発表した端末上の詐欺検知
Google DeepMindは2026年10月14日、シンガポール政府のGovTechと取り組む詐欺検知モデルについて発表しました。地域の詐欺の会話などで調整したモデルを端末上で動かし、会話の中の誘導を検知する取り組みです。
利用者の同意やプライバシーに配慮しながら、アプリへの導入を段階的に進めるという説明です。日本のすべてのスマートフォンですでに同じ保護を利用できる、という発表ではありません。海外の取り組みと、目の前の端末で利用できる機能は分けて受け止める必要があります。
「AIが警告しなかった」は本人確認にならない
詐欺を検知する仕組みは、注意を促す補助になります。しかし、警告が出なかったことは、本物の取引先である証明にはなりません。検知漏れも、問題のない連絡を誤って疑う可能性も考える必要があります。
また、一般的な生成AIへメールを貼り付け、「これは詐欺ですか」と尋ねる方法にも限界があります。文章から疑わしい点を整理できても、送信者の本人性や銀行口座の正当性を保証できるわけではありません。顧客情報や認証情報を、会社で認めていないAIへそのまま入力することも避けてください。
振込先変更は、同じメールへの返信で確認しない
警察庁のビジネスメール詐欺への注意喚起では、送金に関する依頼は電話などメール以外の方法で確認することが案内されています。ポイントは、受け取った連絡とは別に、すでに確認済みの連絡先から確かめることです。

新しいメールに書かれた電話番号へかけるだけでは、その番号も偽物かもしれません。取引先台帳や過去の契約で確認済みの番号、社内の決められた連絡経路を使います。電話で声が似ていることだけに頼らず、会社としての承認手続きも合わせます。
急がせる依頼ほど、例外扱いしない
「社長が今すぐと言っている」「今日中でないと取引が止まる」「この件はほかの人に話さないでほしい」。こうした言葉が出たときこそ、通常の確認手順を省略しないルールが重要です。
担当者が一人で抱え込まないよう、振込を保留したときの相談先を決めます。社長や上司からの依頼に見えても、確認のために止められる運用にすることが大切です。確認を求めた社員が責められる職場では、ルールがあっても使われなくなってしまいます。
小さな会社でも決められる四つのルール
- 新規の振込先や口座変更は、その連絡だけで登録しない
- 確認には以前から把握している連絡先を使う
- 登録・変更と送金の承認を、一人の判断だけで完結させない
- 急な依頼や確認不能のときに、保留して相談できる人を決める
人数が少なく完全な分業が難しい場合も、金額や変更の種類によって確認者を追加するなど、実行できる手順にします。休暇や出張で確認者が不在のときの代理者も決めておきましょう。「今日は担当者がいないから例外にする」を減らすためです。
送ってしまった可能性があるときは、判断を先延ばしにしない
誤送金が疑われる場合は、社内責任者と金融機関へ速やかに連絡し、警察にも相談します。メール、送金日時、相手の口座、やり取りの記録を保全してください。金融機関でどのような対応が可能かは状況によって異なり、返金を保証できるものではありません。
送信元アカウントの侵害が疑われる場合は、メールの転送設定やログイン記録などの調査も必要になり得ます。ただし、慌ててやり取りを削除したり、担当者だけで設定を大きく変えたりせず、関係者と順序を決めます。IPAの対策情報も参考になります。
AIは気付くために使い、送金は確認して決める
ルールを作ったら、実際の顧客情報を使わない架空の振込先変更メールで、社内の確認手順を試してみます。誰へ相談し、どの番号へ連絡し、誰が承認するかを確かめる練習です。社員をだまして責める訓練ではなく、連絡先や代理者が足りているかを見つける確認にします。
机の上で説明を聞くだけでは、担当者が休みの日の抜けに気付きにくいものです。月末や締め日など、急ぎの仕事でも実行できる方法に整え、例外の扱いを責任者も共有しておきましょう。
AIの進歩を待つ間も、会社の確認手順は今日から整えられます。大切なのは、担当者の勘や文章力に頼らず、本人確認と承認を業務の中へ組み込むことです。AIによる警告は補助として活かしつつ、お金を動かす前の別経路確認を残しましょう。